ずっとここにいてくれる人、いつかここを旅立つ人

蒼穹のファフナー THE BEYOND

第十話 「嵐、来たりて」

第十一話「英雄、二人」

第十三話「蒼穹の彼方」

のネタバレ感想です。それぞれの人物にわけてつらつら書いてます。感情の殴り書きなので文章が読みづらいです。

 

 

真壁一騎遠見真矢

 

あの一騎が、

無印最終話で真矢を見ているようで実は総士を視ていた一騎が、

島を出ていく自分と「一緒に来るか?」と真矢を見て言ってくれるのに17年かかりました。

真矢は翔子の気持ちもあって、ずっと一騎への想いを胸に潜めながらも、それでも一騎をひとりにしないように添い続けてきた。そんな真矢の気持ちがやっと報われた。ここで一番泣いた。また冲方著の「蒼穹のファフナー」の

「私、きっと……ずっと、ここにいるから」

おそらくは、この島で、たった一人―――平和な頃を忘れずに、いるのだ。

(中略)

「たまに……な。帰るよ……。遠見が、いるところに」

この会話が回収されてうわー総括だー!とまた泣いた。

いつも一人で、もしくは総士と二人で真矢には行けない場所に行ってしまっていた一騎が、一騎自身の気持ちとして真矢に同じ道を歩むか?と言ってくれた。それだけで真矢の気持ちは少し軽く?優しく?なれたと思うと……。

真矢はその言葉を受け取って、でも、一騎が帰る場所を守るために島で一騎を待ち続ける選択をしました。それがもう、遠見真矢の生き方なんだな……これが二人の生き方なんだな……。

人でなくなった一騎が人であるために、帰る場所が必要ならば、その場所は真矢がいるところ。だから真矢は一緒には行けないんだな……。また泣けてきた。

 

 

真壁一騎と春日井甲洋

 

まさか物語の終着に、島を旅立つ一騎の隣にいるのが甲洋だとは思いもしなかった。

無印のブックレットで春日井甲洋の「かすがい」は一騎とみんなを繋ぎ止める「かすがい」と書かれていた(現在手元に無いので表現が曖昧)、その甲洋が最後まで一騎の隣に一騎と同じ立場(エレメント)で並び立つエンディングに感情がビッグバン。

初代総士は向こう側へ行ってしまい、操もボレアリオスのコアだからずっと側にはいられず、新たな総士は個を確立して一騎と良い意味で道を違えた。

真矢は前述のように、一騎が人であるように望み島で帰る場所を守ることに。

そうなった時に最後まで一騎の鎹

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になってくれた甲洋。ありがとう甲洋、一騎をひとりきりにしないでくれて。

冲方著の「蒼穹のファフナー」で一騎と甲洋は、学校を卒業して自由になったら「島を出る」と平和な頃から思っていて、そんな二人が島が平和になって本当に二人で島を出るの、ああ本当に蒼穹のファフナーが終わったんだと感慨深くなりました。

あとショコラ、ショコラが最後に羽佐間家のお墓の前で亡くなって、引きのアングルからショコラの亡骸に覆い縋る甲洋に泣いた。甲洋の家族がついにいなくなってしまった。

 

 

来主操と羽佐間容子

 

公式はどれだけ容子さんにつらい思いをさせたいんだ?

フェストゥムの操がフェストゥムにはない親子の概念を経験し、母親との愛情を育み、死の間際に発した言葉が「おかあさん」なの、破壊力が凄くて最終章の涙一発目はここだった。

さらに操のコアが復活した竜宮島に根付いたのを見た容子さんが「新しいあなたに会えるのを楽しみにしているわ」て言ったのもしんどくて泣いた。

容子さんはこれからも、生と死の循環を繰り返す操の母であり続ける。それは我が子を何度も失うことでもある。操を受け入れる容(器)であり続ける。

………そこまで因果なことを容子さんに。

 

 

真壁一騎皆城総士

 

自分を倒した総士に、一騎が俺の命も力も渡すと言った時の総士の「なにを言ってるんだ?」が心底おまえの言うことが理解出来ないっていう表情をしてて、ここで、完全に世代は移り変わり当たり前だったものが崩れていったのが心地よかった。

二人の戦いの最中にも総士が「最初はそうだった。でも今は違うだろう」(うろ覚え)と叫べたのも、竜宮島ではない場所で育ったからこそ培われた意識であり、島の人々が辛い思いを受け入れながら託すしかなかったものを、改革してくれる総士の光が眩しかったよ……。

「自分を犠牲にせず、手に入れるんだ」

この言葉は島民からは生まれ得ない強さ。島民は自己犠牲のサイクルの中で生まれ育ち、死んでいったから、なかなか言えることでもなかったろうし。

ありがとう皆城総士。新しい地平線へ私たちを導いてくれて。

 

 

ほかにも、みんなの母親的存在の咲良の穏やかさとか、れおみかの「お寝坊さん!」とか、里奈ちゃんの目覚めとか、芹ちゃんの帰還とか、いろいろ書きたいことはあるけれどまとまらないので今回はここまで。