ずっとここにいてくれる人、いつかここを旅立つ人

蒼穹のファフナー THE BEYOND

第十話 「嵐、来たりて」

第十一話「英雄、二人」

第十三話「蒼穹の彼方」

のネタバレ感想です。それぞれの人物にわけてつらつら書いてます。感情の殴り書きなので文章が読みづらいです。

 

 

真壁一騎遠見真矢

 

あの一騎が、

無印最終話で真矢を見ているようで実は総士を視ていた一騎が、

島を出ていく自分と「一緒に来るか?」と真矢を見て言ってくれるのに17年かかりました。

真矢は翔子の気持ちもあって、ずっと一騎への想いを胸に潜めながらも、それでも一騎をひとりにしないように添い続けてきた。そんな真矢の気持ちがやっと報われた。ここで一番泣いた。また冲方著の「蒼穹のファフナー」の

「私、きっと……ずっと、ここにいるから」

おそらくは、この島で、たった一人―――平和な頃を忘れずに、いるのだ。

(中略)

「たまに……な。帰るよ……。遠見が、いるところに」

この会話が回収されてうわー総括だー!とまた泣いた。

いつも一人で、もしくは総士と二人で真矢には行けない場所に行ってしまっていた一騎が、一騎自身の気持ちとして真矢に同じ道を歩むか?と言ってくれた。それだけで真矢の気持ちは少し軽く?優しく?なれたと思うと……。

真矢はその言葉を受け取って、でも、一騎が帰る場所を守るために島で一騎を待ち続ける選択をしました。それがもう、遠見真矢の生き方なんだな……これが二人の生き方なんだな……。

人でなくなった一騎が人であるために、帰る場所が必要ならば、その場所は真矢がいるところ。だから真矢は一緒には行けないんだな……。また泣けてきた。

 

 

真壁一騎と春日井甲洋

 

まさか物語の終着に、島を旅立つ一騎の隣にいるのが甲洋だとは思いもしなかった。

無印のブックレットで春日井甲洋の「かすがい」は一騎とみんなを繋ぎ止める「かすがい」と書かれていた(現在手元に無いので表現が曖昧)、その甲洋が最後まで一騎の隣に一騎と同じ立場(エレメント)で並び立つエンディングに感情がビッグバン。

初代総士は向こう側へ行ってしまい、操もボレアリオスのコアだからずっと側にはいられず、新たな総士は個を確立して一騎と良い意味で道を違えた。

真矢は前述のように、一騎が人であるように望み島で帰る場所を守ることに。

そうなった時に最後まで一騎の鎹

www.weblio.jp

になってくれた甲洋。ありがとう甲洋、一騎をひとりきりにしないでくれて。

冲方著の「蒼穹のファフナー」で一騎と甲洋は、学校を卒業して自由になったら「島を出る」と平和な頃から思っていて、そんな二人が島が平和になって本当に二人で島を出るの、ああ本当に蒼穹のファフナーが終わったんだと感慨深くなりました。

あとショコラ、ショコラが最後に羽佐間家のお墓の前で亡くなって、引きのアングルからショコラの亡骸に覆い縋る甲洋に泣いた。甲洋の家族がついにいなくなってしまった。

 

 

来主操と羽佐間容子

 

公式はどれだけ容子さんにつらい思いをさせたいんだ?

フェストゥムの操がフェストゥムにはない親子の概念を経験し、母親との愛情を育み、死の間際に発した言葉が「おかあさん」なの、破壊力が凄くて最終章の涙一発目はここだった。

さらに操のコアが復活した竜宮島に根付いたのを見た容子さんが「新しいあなたに会えるのを楽しみにしているわ」て言ったのもしんどくて泣いた。

容子さんはこれからも、生と死の循環を繰り返す操の母であり続ける。それは我が子を何度も失うことでもある。操を受け入れる容(器)であり続ける。

………そこまで因果なことを容子さんに。

 

 

真壁一騎皆城総士

 

自分を倒した総士に、一騎が俺の命も力も渡すと言った時の総士の「なにを言ってるんだ?」が心底おまえの言うことが理解出来ないっていう表情をしてて、ここで、完全に世代は移り変わり当たり前だったものが崩れていったのが心地よかった。

二人の戦いの最中にも総士が「最初はそうだった。でも今は違うだろう」(うろ覚え)と叫べたのも、竜宮島ではない場所で育ったからこそ培われた意識であり、島の人々が辛い思いを受け入れながら託すしかなかったものを、改革してくれる総士の光が眩しかったよ……。

「自分を犠牲にせず、手に入れるんだ」

この言葉は島民からは生まれ得ない強さ。島民は自己犠牲のサイクルの中で生まれ育ち、死んでいったから、なかなか言えることでもなかったろうし。

ありがとう皆城総士。新しい地平線へ私たちを導いてくれて。

 

 

ほかにも、みんなの母親的存在の咲良の穏やかさとか、れおみかの「お寝坊さん!」とか、里奈ちゃんの目覚めとか、芹ちゃんの帰還とか、いろいろ書きたいことはあるけれどまとまらないので今回はここまで。

劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!!🍎 感想

 

10月8日仕事終わりに劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!!を見たオタクの感想とか心の叫びとか。このブログを始めたきっかけが激情のワルキューレのメサカナ記事なので、そこから色々察してもらえると嬉しいです。

以下から絶対LIVE!!!!!のネタバレ含む感想と個人の行き場をなくした感情の吐き出しです。パンフレットの内容にもガッツリ触れるのでお気をつけください。基本ハヤフレです。

 

 

 

「劇場版マクロスΔ激情のワルキューレ」でΔデビューした自分が初めてリアルタイムで触れたマクロスΔ作品が「劇場版マクロスΔ絶対LIVE!!!!!!」になりました。酷だな。

絶対LIVE!!!!!!が発表された時はタイトルとあらすじを見て

ワルキューレのライブをメインにした慰問ライブ映画かな?)

完全にLIVEをライブ(生演奏)ライブとは何? Weblio辞書

の方だと思ってわりと気軽に映画館に見に行ったのですが

LIVEがライブ(生きる・生存する)

英語「live」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

だなんて、あまつさえその「生きる」主題がヒロインのフレイアに係ってくるって思わなくないですか?!

ウィンダミア人は短命だって言ってたけどさあ……まさかメインヒロイン、歌姫のフレイアが寿命半分の15歳で風に召されるなんて……。

Cパート含むラストシーンまで見て、絶対LIVEはフレイアの絶対生きる!みんなと一緒に!という生きた証の物語だったと突きつけられ映画館の椅子の上で脱力しました。最後まで見た後に最初から思い返せば、全部このラストに繋がっていたんですね。

加減してよ監督、タイトルでジャブ打ってるのかもしれんけど気づけなくてラストにド直球パンチで鳩尾を鋭角に殴ってくるじゃん。

 

映画の大まかなあらすじとしては、

激情本編後にウィンダミアに慰問コンサートで訪れたワルキューレΔ小隊の前に、謎の敵Yami_Q_rayらに襲われウィンダミアが制圧される。かつての天才エースパイロットマックス達に助けられ、ワルキューレΔ小隊ウィンダミアを取り戻す戦いは銀河を巻き込んだ戦いに発展していく……。

ある意味マクロスシリーズでは安定の「銀河/人類の未来をかけた戦い」でした。

しかしそれ以上に、この絶対LIVE!!!!!!はハヤテとフレイアの物語としてまとまっていたと思います。

乱暴に言えば銀河を巻き込む争いはラストシーンに持ち込む為の助走だった。かなり乱暴に言えばフレイア最期の為の演出・舞台装置・フレーバーだった。このあたりは深堀するとイプシロン財団とかYami_Q_rayとかハヤテ父とか、気になる点が多いのであえて流してハヤフレ目線で感想書きますね。

 

激情のワルキューレのオーディオコメンタリーで河森監督が「映画は△関係を抑えている~中略~フロンティアの次は△関係はいったん置いたものを作りたかった」、「ハヤテがテレビシリーズと違い初めから職業軍人として精神が安定している」的なお話をされていたので、自分はすんなりハヤテ→←フレイアの両想いを飲み込めました。アラド・カナメ・メッサーやマキナ・レイナ・ボーグ周りも激情時点であっさりめに整理されていたので。ミラージュのハヤテへの好意が憧れ故のものになったのはちょっと残念でしたが。

 

絶対LIVE!!!!!!のハヤテ・インメルマンはパンフレットで東山さんが言ったとおり「男前」で、まずはじめにフレイアの生まれた村にハヤテと訪れるところ。

ハヤテが真っすぐに「フレイアが好きだ!」て言ってくれた時にもうハヤテを好きになれたマクロス主人公の宿命が三角関係である以上、この一途さって物語冒頭で出ることがまずないじゃないですか。三角関係の中で揺れ動いて最後にその感情の方向を決めるようになるので。でもここで三角関係の禁じ手に近い主人公の好意の方向を明確化することで、自分はストレスフリーになったしハヤテを好きになれました。主人公を好きになると心が楽になる。(三角関係ダメならマクロス見るなよって突っ込みは甘んじて受けますが、今までミンメイやイシュタル、ランカが好きなのでそこも加味して許して)

 

「りんごの花はね、10日間しか咲かないんよ。それでもいいんかね?」

というフレイアの問いかけにも「好きだ!」と返せるハヤテ、潔い、好感度が上がる。浮つかない主人公の安定感よ。

物語の進行と同時に悪化するフレイアの結晶化。ウィンダミア愛する人を歌で守りたい、けれど歌えば自分の命が尽きる、歌うのが怖い。ハヤテに好きと言ってもらえたのに、寿命の違いが心に引っかかって、好きと素直に言えない。

ウィンダミア人は寿命が30歳ということで同年齢の人間より精神年齢が上に感じる場面もあるのですが、とはいえフレイアはまだ15歳。15歳の女の子になんて酷な選択を強いるんだ公式……。と打ちのめされる自分にとって、ハヤテがフレイアに言った「歌わなくていい」の言葉は胸にきました。

マクロスといえばバルキリー・△関係・歌。その最大の命題ともいえる歌を「歌わなくていい」と言ったハヤテの優しさ、強さ(あるいは弱さ)がすごく普遍的な人らしいもののように見えて……。

フレイアは自身が言うようにワルキューレの一員です。ワルキューレという女神である以上、人々のために歌うべきです。でもハヤテにとってフレイアは女神である前に、命をかけても守りたい、たった一人の大切で大好きな女の子なんだなって思ったら叫びそうになりました。心がぐちゃぐちゃでどうにかなっちまう。

 

最期は、文字通り命を燃やして歌い尽くしたフレイアが風に召されてしまいます。

ウィンダミアを見下ろしながら白く結晶化したフレイアを腕に抱くハヤテ。このフレイアの真っ白い姿がまるで林檎の白い花みたいで、

「りんごの花はね、10日間しか咲かないんよ。それでもいいんかね?」

この台詞を思い出し、短命なフレイアとりんごを重ねた演出に喉が詰まりました。

りんごの花が咲いたら、そこから新たな果実が実ります。ハヤテとフレイアにとってYami_Q_rayの細胞から生まれた赤ん坊の女の子が新たな実り、そうして命が、歌が続いていく……。

と、ハヤフレ目線では盛り上がりあり、Cパートありでまとまっていました……が、フレイアが風に召されたのはひたすらに悲しい。正直風の歌い手の細胞で結晶化を治せるご都合展開でも良かった。でもそれをしてしまうと命がけで歌うフレイアの覚悟や、彼女の覚悟を受け止めたハヤテの気持ちも台無しになってしまうのも分かる。ここでウィンダミア人の結晶化を否定する展開はそれまでの二人の心の触れ合いを無にするのも分かる。でも悲しい。とにかく悲しい。

物語展開における細かい違和感や納得できない部分、全体シナリオのちぐはぐさもあったけど、個人的にハヤテとフレイアに照準を合わせた映画として引き込まれたので良かったです。悲しいけど。

 

 

どうしても内容に翻弄されるけど、画の力強さと音楽の迫力、演者さんの演技・歌唱が最高でした。

「唇の凍傷」ライブシーンの斬新さ、バルキリーマクロス艦の戦闘シーンの迫力。さらにマックスを登場させることで随所に散りばめられた初代の要素が純粋に楽しくて興奮しました。

演者さんの演技と歌唱で「命」が吹き込まれたキャラクター達を見られるのは幸せだな、とも。すぐそこに生きたキャラクターを見させてもらいました。喜びも悲しみも、歌も笑い声も涙も、そこにいた。すべてが生きていました。パンフレットを読んでよりいっそう思います。

 

見る人によっていろんな意見・感想がある映画だと思いますが私は初日に映画館で見られて良かったです。制作スタッフの皆さん、ありがとうございました。

 

 

騎士王にクソデカ感情を抱えた奴らの聖杯そっちのけ戦争

 

劇場版Fate/GrandOrder 神聖円卓領域キャメロット Paladin;Agateramを3回見てきたオタクの感想とか、感情の吐き出し口です。ネタバレがあるので注意。

 


前編のWandering;Agateramを劇場で見た時は、映画じゃなくてテレビ放送でも良かったんじゃないかな~と正直思ってました。6章のテキスト量を映画前後編で補うのは難しいし、まあ……こんなもんか、みたいな。
そんなこんなで後編が公開され、初日は仕事なのもありTwitterの様子見て行くかと余裕ぶっこいていた。そうしたら各方々から「キャメロット後編やばい、絶対に映画館で見た方が良い」、円卓狂のフォロワさん達も「見て損はない、信じろ」と熱い言葉をもらったので休みの日にすぐに見に行った。早く見に行って正解だった。前編とは全く別物と言っていいほどの完成度、満足度の高さだった。


Fate/stay nightからZero、その他派生が生まれ徐々に明らかになっていくFate世界の円卓の騎士たち。彼らに重点を置いて作られた神聖円卓領域キャメロット、その後編。
騎士王アーサー・ペンドラゴンにクソデカ感情を抱いた騎士たちの聖杯、人理修復そっちのけ戦争だった。鎧の下に持て余していた騎士王への愛、敬い、憎しみ、悔い、その他罪罰贖い全部乗せを大迫力の作画と声優さんたちの熱演により脳みそに直接叩きつけられた最高の映画だった。

 

・アグラヴェインVSランスロット
キャメロットはアグラヴェイン救済の物語といっても過言じゃない。(自分調べ)
FGO6章で初めて立ち絵、声が発表された鉄のアグラヴェイン。そのアグラヴェインとの確執により円卓崩壊の引き金をひいたランスロット。この二人の対決、演出がめっちゃ良かった。

見てる側は既に6章を終えているため、アグラヴェインがどういう立場で、どんな意志を持って獅子王アーサー(ひいては騎士王アーサー)に仕えていたか分かっているわけで……。そりゃあアグラヴェインとランスロット、互いの騎士道は絶望的に反りが合わないし、同じ方向を見ていても道のりが全然違っちゃうのはしょうがないよね! となる。
聖都に乗り込んだランスロットが真っ先にアグラヴェインを探す姿に思わず拍手した。アグラヴェインを倒すのは物語的にも必須として、明らかに私情満々で探してるじゃん。良いね、引きずってるねブリテンを。
アグラヴェインのいる部屋にランスロットが乗り込む瞬間、カメラワークが早い中でよーく見るとランスロットが槍一本で兵隊たちを串刺しにするシーンがちゃんと描かれていた……よね? さすが円卓最強。
そこでまあランスロット、よりによってアグラヴェインに「同じ裏切り者」呼ばわりする。アグラヴェインからしたら「己の愛という身勝手で王を裏切ったお前に言われたくねえよ」ですよ、炎の中で哄笑して怒るのも当然ですよ。アグラヴェインはやり方はどうであれ、彼なりに誠実に騎士王の為だけに人生を捧げたんですから。
もちろんランスロットにも信じる騎士道があり、誇るべき志があり、王を敬愛していた(ランスロットとグィネヴィアの不貞に関しては、アーサーが女性だったり一筋縄で話せないので割愛)からこそ、アグラヴェインの行いを許せない。

ここから二人の壮絶な一騎打ちが始まるんですが、この二人に限らずガウェイン、モードレッド、ベディヴィエール、トリスタンの戦いはみんな人理・聖杯そっちのけで「騎士王アーサー」によってこじれた関係の清算合戦みたくなっていて、とんでもねえ集団だ円卓!
言葉の端々に「王が聖断されたからこそ」「王の御心のままに」「王を信じて」って、行動理念のほぼ9割9分9厘がアーサー王
罪深いお人だアーサー王

二人の戦いの結末ははっきりとした描写はなく、最期に満身創痍のアグラヴェインが獅子王の元にたどり着き「働きすぎなのが卿の唯一の欠点だ」と言われ、アグラヴェインが目を閉じる場面で映画は終わる。もうアグラヴェイン救済の章と言っていい扱いでしょ、これは。ブリテンでは志半ばに死んでいったアグラヴェインが最期にアーサー王に看取られて消えていくなんて、良かったねアグラヴェイン……。

 

・ガウェインVSベディヴィエール
6章ってとにかくガウェインが堅くて強くてスマホぶん投げた記憶が。他のプレイヤーも「6章のガウェインでいきなり難易度跳ね上がった」と語り草になるレベル。その思い出そのままに映画のガウェインもラスボス級の強さと存在感だった。
ガウェインに与えられた祝福「不夜」によって彼の登場時は常に太陽が光り輝いているのですが、その演出の徹底ぶりに感動しました。一時は山の翁によって奪われた日輪も、ベディとの決戦で彼の目をさすほどに眩く昇る日輪と共に現れるガウェイン。かっこいい、でかい、強い。

そこからは走って石壁を5枚近く貫通して走るわ、素手で斧(槍?)を防いでへし折るわ、剣を素手で掴んで砕くわ。無双が止まらない、ゲームで感じた「勝てる気がしない」気持ちがスクリーン越しにまたわいてきました。
この2人が感情も露わに最後は泥臭く戦うところで、首を掴まれたベディが近くの石(瓦礫)でガウェインの頭ぶん殴る場面が大好き。どちらも忠節の騎士と名高い2人がなりふり構わず相手を打ち滅ぼそうとする気迫が伝わってくる。
ガウェインの消滅によって太陽が消え、世界の果てが夜闇に包まれるのも彼の偉大さを視覚を通して「光の存在」をまざまざと感じ、最高だった。

 

 

感情の殴り書きですが、また感情がグチャグチャになったらトリスタンとかモードレッドとかエジプト組とか山の民とかも追加します。

煉獄杏寿郎に惜しみなく与えられた自我

 

煉獄杏寿郎さん、いったいぜんたい心の中がどうなってるんだ。
燃えている、なんにもないだだっぴろい場所で足元が常に燃えている。ごうごうと燃えるのではなく、まるでなにかを燃やし尽くした後の残り火のように燃えている。


鬼滅の刃は16巻が発売されたあたりから読み始めました。
なので煉獄さんという人気なキャラクターがいて、かつ、煉獄さんは死ぬことをなんとなく知ったうえで読み進めていました。柱合会議の初登場は柱全員の強キャラ故のぶっ飛んだ言動にまぎれて、獅子舞みたいな髪のかっこいい人だぐらいにしか煉獄さんの印象なくて。無限列車編に入り「お、これが噂の無限列車か!」ぐらいの気持ちで読んでたら、煉獄さん、あなたはいったいどんなお人なんですか……?
っていう煉獄杏寿郎さんに対する支離滅裂なただの個人的な感想。

 


疑問のまま読み進めて約1年経ち映画を見たらなにか分かるかもしれない!と映画を見た。もっと分からなくなった。特別読み切りも読んだ、もっともっと分からなくなった。


①煉獄さんの意思はどこにあるの?

 

どうやら炎柱は代々煉獄家から輩出されるらしい、ある意味世襲している形になっているのかな。さらにお屋敷を見るに武士かなにか鬼殺隊が組織される前からの由緒正しい家柄のようだ。回想に出てくるお母さまの瑠火さんも「強き者には弱き者を守る責務がある」と諭しているので、そういう「地位のある者(高貴な者)には義務がある」価値観が煉獄さんの土台になっているのは分かった。
作中の煉獄さんはこの価値観を体現し乗客(弱き者)を守り、後輩を守り、責務を全うして朝日の中で息絶えた。愛するお母さまもそれを見守って煉獄さんは笑顔でこの世を去った。
そこまでは分かる。煉獄さん己を貫いてかっこいい。
でも、「杏寿郎」の部分が見えてこない。
杏寿郎という個人はさつまいもが好きで、面倒見がよく、優しくて人格者。それは煉獄杏寿郎の性格であって意思ではない。
煉獄さんって無限列車編という限られた話でしか語られないキャラクターなので、杏寿郎という個人は何を欲して何を成したかったのか気になって仕方ないんですよね。
いや煉獄さんの意思は無限列車で我々に見せたあの強烈な生きざまがすべてだと分かってるんですけど、杏寿郎という個人の意思が私にはまったく分からなくて。
①の冒頭で書いた通り血筋のある方なので個人の意思が家系の意思に従属しているのも承知しています。煉獄杏寿郎から煉獄家を引いたらキャラクター造形が成り立たない。すごいキャラクターだ、ぶれない。

夢の中で弟の千寿郎くんに「頑張って生きて行こう!寂しくとも!」と言っていたのが唯一、煉獄杏寿郎個人の感情が見えて安心しました。

 


②入隊時から幼さの削ぎ落された精神

 

特別読み切りの話です、零巻は手に入れられなかったので本誌の内容しか分かりません。

読み切りは煉獄さんの入隊直後のお話ですが、この時点で煉獄さんの精神が成熟している!鬼殺隊の人の多くが年齢にかかわらず過酷な経歴の持ち主なのでそう珍しくはないにしろ、幼さや精神的な若さが薄い……。
この時から鬼と戦って死ぬことが恐ろしくないんですよね(表面を見る限り)。動物の本能である死の恐怖をこの年齢でコントロール出来る域まで育っているんですよね。お母さまが亡くなりすぐにお父さまは自暴自棄になったので、おそろくは自分ひとりの力で。
煉獄さんは他の登場人物と違って鬼により虐げられたり肉親を殺されたりって描写が無いので難しいのですが、そういった復讐の理由が無い中でここまで私心を削ぎ落し理性を研ぎ澄ましているんですか。すさまじい。
最後のあおり文に「意志、心に灯る」って見つけて、なるほど煉獄さんには目標を成し遂げたいという確固たる意志が強いんだなと分かりました。

やっぱり意思の方は見えてこない、煉獄さんが分からない。

 


③煉獄さんの自我は周囲から与えられたもの

タイトルにある「惜しみなく与えられた自我」っていうのは私の大好きな石川智晶さん(アニメ鬼滅の刃にも音楽で参加されています)の曲「それは紛れもなく~選ばれし者のソリチュード~」の歌詞の一部です。
 

自我(自我とは - Weblio辞書)って言葉を使う時は、自我の芽生えとか、自分の中から生まれてくるものとして使うと思うんですけど、煉獄さんの自我って彼の生まれや母親の影響に大きく依ったものに感じます。
惜しみなく与えられた自我。己から生じた感情を凌駕する、他者に望まれた自我。

煉獄さんの無意識領域って燃えてますよね。彼の言葉通り心を燃やしてるソレなんだと思うんですが、煉獄さんが燃やしているものは「煉獄杏寿郎の私心」で、それを燃料に走り続けてきたのかな、と勝手に想像したら、煉獄杏寿郎さんがすごすぎて言葉を失いました。

 

長々と意味不明なものを書いて失礼しました。
煉獄さんは考えれば考えるほどよく分からなくて、それが自分にとって魅力的なキャラクターです。

蒼穹のファフナーTHE BEYOND 7~9話の感想

蒼穹のファフナーTHE BEYONDの7~9話を見てきたので感想を殴り書きしていきます。

まだ見てない方はネタバレに注意。

主に真壁一騎へのお気持ち。後半は第二次L計画に感じたもやもやなので注意。

 

 

 


まず、来主操くん生き残ってくれてありがとう。

容子さんからこれ以上子どもを奪わないでくれてありがとう。

でも操はミールですからいずれ「容子さんの息子である操」は消えて、また新しい操になるんですよね。

それって容子さんにとって苦しすぎません?

子どもの死と再生を繰り返し繰り返しになるんですよ?

やめてあげて………。

 

 

 

見終わって一発目に浮かんだ言葉は「一騎くんを人間にかえして……」でした。

 

真壁一騎くんが人間を超越したのは今にはじまったものではありませんが、7話「帰らぬ人となりて」で絶望的な状況をどう切り抜けるのかと思ったらここぞとばかりに真壁一騎という英雄の登場ですよ。

エインヘリアル・モデルをザルヴァートルに変えちゃうんですよ。最高峰のエスペラントの1人のマリスがその強大な力をミールと勘違いする程の機体(もしくは一騎本人)になっちゃうんですよ。

一騎が叫びながら機体をマーク・アレスに変えるのを見ている間、私の頭の中では14才の一騎くんが浮かんでは消え、消えては浮かんできました。

不器用な父親に料理を作ってあげて、学校に通い、ご飯を食べて、寝て、友だちとの関係に苦悩し、灯りに背を向けながらも心の片隅でその灯りに焦がれていた一騎くん。

人として生まれ人として育った一騎くん。

そんな一騎くんがここまで来てしまったことが切なかった。ここまでの存在に成り得る可能性を持っているのも切なかった。

敵が去った後に一騎の意識は存在と無の地平線を越えるように落ちていきます。甲洋と操がまだそちらに行ってはいけないと引き留め「存在する側」に戻るものの、先に地平線を越えた(大人)総士の幻影を見つめる一騎くんの目があまりにもさみしくて……。

総士にも一騎にも地平線を越えてほしくはない、けれど、もう楽になってほしいという気持ちもぬぐい切れないんですよ。

マーク・アレスがいなければ今後の戦いを乗り切るのは難しいでしょう。竜宮島どころか人類にはまだ真壁一騎の力が必要です。そして戦い続けることを選んだのも一騎自身の意思です。

全部分かったうえで、もう眠ってもいい、解放されてほしいと思ってしまいますね。アレス登場時の真矢が「一騎くん」と呟くのも、分かりすぎて……。

 

第8話「遺されしを伝え」で一騎が生家で父親の史彦と話してる間に真矢が来て、千鶴さんのことを話すじゃないですか。あの時、一騎もその場にいるのに一切出てこないんですよ。声はおろか表情すら映らない。すべてが終わってからちょこっと映る。

あれって一騎はもう人間の輪からは外れてるってことなのかなって、そう思うとしんどすぎて暴れそうでした。

 

 

第8話「第二次L計画」はちょっとモヤってます。竜宮島の動向が敵に筒抜けなので仕方ないんですけど、タイトルにまで持ってきた作戦があっという間に失敗して1話分の尺で済まされたのがなんとも。BEYOND全体の尺を考えてのことだろうとは思いますが、L計画と銘打ちながらこんな感じなのか……。

多分、RoLの対比としてのL計画だったのかな。

美三香と零央のシーンは特に僚と祐未のセルフオマージュで、蒼穹のファフナーという物語は確実に前進しているのを示していたのでしょうか。

うーん、でもあのマリンスノーはRoLのものなので、美三香と零央にはまた別の流れによる生存を見たかった欲があります。BEYONDだからこそ、ここまで辿り着いたからこその生存への活路が見たかった。みかみかとレオちゃん好きだからあの二人にしかない展開を見たかった。

EXODUSで感じていた興奮がBEYONDではあんまり感じられないのは、私自身のものの見方が変わったからなんでしょうか。

 

モヤモヤしつつも次もしっかり映画館で見たいと思います。

 

蒼穹のファフナーTHE BEYOND 6話『その傍らに』感想

蒼穹のファフナーTHE BEYOND 46話を見て、来主操と羽佐間容子のやり取りに驚きと衝撃を受けた感想です。ガッツリネタバレありますので注意。





海神島に戻って早々、当たり前のように羽佐間家に帰り容子さん(人間)を「おかあさん!」と呼ぶ操(フェストゥム生まれ現エレメント)、死ぬほど驚いた。同時に、容子さんが再び母親として子どもを育てる()器となった運命に泣いた。



EXODUSで操がマークドライツェンに搭乗して容子さんと会話するシーンを見てから、この展開は薄々予感していたものの実際に見せられると目玉が溢れるぐらい驚いた。だって、操は見た目がどれだけ人間でエレメントであろうと、フェストゥムから生まれた存在なわけで。そんな彼をEXODUSからBEYONDの間に「お母さん」と呼ばれるに至るって。容子さん、続けて2人も子どもを失っているのに、また子を育てるって因果すぎません?


そしてBEYOND 6話『その傍らに』。ブルクでドライツェンの大破した未来を予見した操と容子さんのやり取り。

「お母さん、僕もうすぐ死ぬみたい」

「お母さんを選んでよかった。だってお母さんは子どもが死ぬことに慣れてるでしょ?」

「僕が死んだら2人と同じように僕を飾って」(セリフうろ覚え)

いやおまえ、よりにもよって容子さんになんてこと言うんだ!甲洋もあきれてるでしょ!!

純粋に2代目操が早くも死んでしまう悲しみと、容子さんに対する発言に対する怒りと、そしてフェストゥムである操が「自分の存在を忘れないで」と言外に願っている事に、人とフェストゥムの対話の一つの答えを見た気がしました。


操は、あえて容子さんを母親に選んだんですよね。それは何故か?操の言葉を借りれば、容子さんは子どもを失う事に慣れている。容子さんなら、自分の血の繋がらない子どもでも、その死を悼んで写真を飾り、存在を忘れないでいてくれる。それを知ってるから操は容子さんを自分のお母さんに選んだ。操は容子さんに、自分も翔子やカノンにしたように、そうしてほしいと願った。


存在が無に還ることの恐怖を感じるフェストゥムから、一歩進んで、操は「自分の死を悼んでほしい」「僕がここにいた事を忘れないほしい」という弔いの気持ちを持ったという事ですよね。それってすごく人間らしい心じゃないですか?生と死という生物の大枠からさらに進んで、人間だけが持つ『死への弔い』という概念をフェストゥムが獲得した。かつて芹ちゃんがフェストゥムのお墓を作った事が、来主操で遂に実を結びつつある。


もうなんというか、15年の作品の歩みの足跡をはっきりと感じて胸が詰まりました。そしてその後、操が美羽ちゃんとの会話を経て、ボレアリオスで座り込んで涙を流す様子も衝撃でした。

「美羽を食べていい?」

「僕が死ぬとお母さんが悲しむんだ」

「ごめんなさい。1人で死ぬよ」(セリフうろ覚え)

操は1人で逝く事の孤独や、自分の避けられぬ死によって母親を悲しませる事への悔しさ、自分の存在が終わることへの恐怖。いろいろなことを感じていたのかもしれない。それに対して一騎が。

「おまえが逝く時は俺たちがそばにいる」

EXODUSの最後に存在と無の地平線から一騎を救いあげた操を、今度は一騎が見送る。そんなの泣いてしまう。


つまりとにかく、フェストゥムである操が自分の存在を忘れないでほしいという、蒼穹のファフナーの核心に迫った事が衝撃であり、祝福なんだなと思ったという感想でした。お願いだから、これ以上容子さんから子どもを奪わないで…。

ミュージカル「スタミュ」スピンオフ team柊 単独レビュー公演「Caribbean Groove」感想


ミュージカル「スタミュ」スピンオフ

team柊 単独レビュー公演「Caribbean Groove」観劇してきました。4月27日15時公演、追加で初日です。

以下、気持ち程度のネタバレ含む感想なのでお気をつけください。散文です。ちなみに、スタミュはテレビ放送は全話見て、ドラマCDやOVA媒体はちょこちょこ。スタミュミュは前回の公演を配信で少し見ました。なので、生スタミュミュは初めて。




いや〜、単独レビュー公演ってなんぞや?って思って見に行ったら、テニミュで言うドリライ要素を入れた公演って感じでした。歌がメイン、劇パートを挟みつつ、スクリーン映像で補完。なるほど、こんな形のミュージカルもあるのね。

スタミュという作品自体がミュージカルを取り扱った作品なので、ミュージカル化すると、より歌と踊りの魅力が引き出されるなと。2.5次元って3次元の表現が難しいじゃないですか。そこをどう料理するのかも楽しみの一つ。でも、スタミュはもう、純粋にミュージカルに仕上げられる。表現に縛りが無い、ミュージカルの手法をスマートに使えるというか。ジャケットプレイあり、椅子やジョッキを使ったダンスはまさにミュージカル!2.5次元というより、2.8次元ぐらいまで再現してもらえた気分でした。


内容は概ね、チーム柊の代表曲であるカリグルをそのままミュージカルで演じてました。アニメ視聴の時に、どんな海賊劇なんだろ、なんて疑問を感じてたのでその点スッキリ。そのカリグルの内容に、アニメスタミュのキャラソン、BGMをドドーン!とふんだんに使って、ファンにはたまらない構成でした。

あらすじ紹介→カリグル歌→劇パート→からのキラメキラ。キラメキラのイントロ流れて、会場の空気がドワっと上がりました。あれ、まさかソロ新曲に加えて、キャラソンも歌ってくれるの?!みたいな。怒涛のキャラソン&ソロ新曲を交えたストーリー構成、良かったです。チーム柊好きの為の、ご褒美みたいな流れでした。

キラメキラ→戌ソロ→卯ソロ→ハニトラ→虎ソロ→エレガンス→申ソロ→辰ソロ。だったかな?間違えてたらすみません。ソロ新曲はカリグルのそれぞれのキャラクターに沿った内容で、これぞミュージカル。個人的に、どこか2000年代頭のアニメソングの空気を感じるんですけども、そこが刺さった。

カリグル公演が終わると、柊先輩が登場して指導者として誇らしいってセリフ、ジーンときました。なにより突然柊先輩が現れて悲鳴上げました。嬉しいサプライズありがとうございます。スターオブスター、カメレオンスター、StarshipRunwayまで盛り盛りもりだくさん。チーム柊の大盤振る舞い!!最高!!


虎石ハニトラの時、ラスサビ前のあそこを、完全無音からの少しためて「好きだよ」。会場の悲鳴、一瞬で会場の子猫ちゃん達ノックアウト。エレガンスのイントロで両脇の女の子が泣いてました。ですよね、真っ白い衣装を着て2人で背中に合わせに歌う辰己と申渡、尊いですよね。卯川の前に膝をつく戌峰良いですよね、身長差が。

舞浜アンフィシアター初だったんですけど、舞台のギミック多彩で感動でした。炎が噴き出したり、床が開閉したり、回転したり。

あとあと、辰己から溢れるカリスマEXやばかったです。センターに来た時の圧倒的存在感、指先までキレッキレのダンス。攻撃力アップ無敵貫通バフだこれ。


公演時間が1時間30分?ほどだったので、歌が盛りだくさんで飽きることなく見れました。